桜より人気だった!?梅と梅干しの歴史
こんにちは、梅博士です。
梅干しってどこの国の食べ物?
ときかれると、
日本食だ!
と思いますよね。
いつから梅干しが日本食になっているか、ご存知でしょうか?
梅干しの歴史
・梅のふるさと
むかしむかしのその昔、梅は中国から輸入されてきたとされています。
もちろん歴史なので諸説あるのですが、梅の木は中国の山奥が起源と考えられています。(雲南省とか、四川省とか、その辺が有力みたいです。)
梅の栽培
梅干しは紀元前2000年~紀元前4000年くらい昔から栽培されていたそうです。
幅がすごいですね。
現代を基準に考えたら「西暦が始まった頃から、昨日までのどっかで栽培が始まってるみたいよ!」て言ってるようなものですよ。
日本へは、弥生時代(紀元前1000年~紀元前300年くらい)にはすでに伝わっていたとされています。
弥生時代に有名な遺跡といえば、吉野ヶ里遺跡ですね。
当時の遺跡からは「梅の木の破片」やら「タネ」が見つかっているそうです。
梅、全国デビュー
吉野ヶ里遺跡といえば現代の佐賀県ですが、
田舎の美人もスカウトされるように梅も都会で脚光を浴びてしまいます。
それも食べ物ではなく、観賞用の花木(かぼく)として全国デビューです。
万葉時代(奈良時代から平安時代あたり)、日本では
「学問て、贅沢じゃね?」
という文化がありました。
当時の貴族たちの間では「学ぶ」という贅沢が流行っており、みんなで歌を詠んだりしてたわけです。
歌を詠むとなったらもう風情が命みたいなとこありますから、「あの花は美しい…」と誰かがいえば「なるほど、うちにも植えよう」とするのが貴族です。
見に行かないで植えちゃうあたり、石油王みたいですね。
こうして全国デビューした梅は、ここから日本の歴史に溶け込んでいきます。
梅、覇権を取りそこねる
梅は当時、大ヒットに大ヒットを重ねます。「花といったら梅の花」という時期があったくらいで、
- 流行語大賞
- CMに出た数ランキング
- 〇〇年といえば?
とか、現代ならその辺りにランクインしたことまちがいないでしょう。
もちろん当時はそんなものなかったので、最も有名な歌集・万葉集の「たくさん詠まれた植物ランキング」で118首を数え、二位にランクインしています。
そう、二位でした・・・。
一位は萩(ハギ)ですね。141首です。
「ハギは稲や粟などの収穫時期とに合わせて開花するため、印象が強いのだろう」という説もあります。
梅は当時、時代の覇権を取り損ねたということですね。
あ、ちなみにサクラは40首です。
「見る梅」から「食べる梅」へ
万葉時代(奈良時代から平安時代)にはそこら中で花を咲かせたようですが、食用として広く普及するのは鎌倉時代(1185年〜1333年)あたりからです。
梅は「花梅」「実梅」と別れており、花を咲かす品種から実は収穫できません。そのため花がいくら広まっても実が普及することはなかったのです。
食用の梅が急増するのは明治時代であり、
背景には日清・日露戦争があります。
保存食として・疲労回復アイテムとして優秀な梅干しは、
軍用食として大量に生産・消費されていました。
第二次世界大戦の頃には、需要を超える食糧難からサツマイモ畑へと姿を変えるのですが、一度普及した梅干しは途絶えることなく、社会経済の復活とともに昭和30年ごろから復活します。
現代の梅干し事情
消費の増加や減少を繰り返して成長してきた梅ですが、現代はどうでしょうか?
梅の消費量は年々減少しています。
過去30年を見比べて、もっとも梅干しが購入されていたのは平成14年でした。ここを境に、年々増加していた梅干しの購入量は減少しています。
- 平成14年
- 購入量:1,053g
- 購入金額:1,722円
- 平成26年
- 購入量:768g
- 購入金額:1,281円
梅ボーイズは現代にもう一度梅干しブームを起こし、今度こそ「Japanese Sushi」を超えるブームを巻き起こします。
梅干し好きの皆様、期待してお待ちください。
梅ボーイズ
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